グループ紹介 / 事業沿革
グループ6社が固い連携を保ち、
着実に成長をつづけています。
私たち松田工業所グループは、国内5社、タイ国1社、計6社によって構成されています。
<国内拠点>
事業展開の中心となっているのは、
(株)松田工業所
(東京都東大和市)で、言わばグループの指令塔です。ここでは、グループとしての各種方針が決定され、工場では金型の設計・製作からプレス加工・二次加工・組立まで、一貫したシステムで製作が行われています。製品としては、OA機器やAV機器、家電品、電力メーターなどの各種部品が生産の主体となっています。
また、この
(株)松田工業所
に併設して
(株)松栄
があります。ここでは、成形加工や組立などを専門に実施しています。
(株)石毛松田
(茨城県結城郡)は、生産の内容については
(株)松田工業所
と同じですが、新しい生産設備によって作業の効率化が進んでいます。さらに国道294号線から常磐自動車道を経由し、首都圏と短時間にアクセスできる好立地により、ますますその可能性がふくらんでいます。
(株)蔵王松田
(宮城県刈田郡)は、蔵王の裾野の広大な敷地の中にあります。ここには、プレス加工、二次加工、検査などの設備を持った工場があり、大型車両をはじめとした輸送体制の充実に力を注いでいます。 そして、
(株)蔵王松田
と同じ敷地の中に、金型製造専門工場として
(株)エムテック
を平成5年に設立しました。
<海外拠点>
グループの海外進出の第1号が、米国バージニア州に誕生したサウステックインクです。キャノン・バージニア・インクとの合弁会社です。2001年末に合弁を解消し、現在は技術提携関係になっています。
第2号がタイ国バンコック郊外に設立した、
タイテックマツダ
です。
今後も各企業の海外進出が着実に増えると予想されますが、私たち松田工業所グループでは、メーカーの皆様の様々なご要望に対して、積極的に対応してまいります。
<今後の取り組み>
新たにNC加工事業への参入を計画しています。2005年中を目標に準備中です。
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− 事業沿革 −
1930年 4月(昭和 5年)
先々代松田参輔が東京都墨田区に松田工業所を設立し、プレス部品加工を開始する。戦時中は、中島飛行機(株)の協力工場として飛行機部品の精密部門を担当する。
1947年12月(昭和22年)
先代社長松田亘弘が事業を継承し、精密プレス加工ならびに、金型精密治工具を製作。
1953年 5月(昭和28年)
東京都中野区に移転する。
1954年 3月(昭和29年)
法人組織に改組、株式会社松田工業所とする
1960年10月(昭和35年)
三鷹工場を新設し、大型プレスならびに新型の機械を導入。
1966年10月(昭和41年)
東大和工場を新設し、テレビおよび毛糸編機の組立を開始。
1969年 1月(昭和44年)
本社を三鷹工場に移転。
1970年 6月(昭和45年)
三鷹工場を東大和工場と合併し、本社・東大和工場とする。
1971年 5月(昭和46年)
蔵王工場が完成し、操業を開始。同時に東大和工場を東京工場と改称。
1972年 5月(昭和47年)
蔵王工場を独立、
(株)蔵王松田
を設立。
1979年 7月(昭和54年)
茨城県北相馬郡に(株)取手松田を設立。
1980年12月(昭和55年)
茨城県水海道市に(株)取手松田を移転。
1982年 6月(昭和57年)
(株)取手松田を茨城県結城郡石下町に移転、
(株)石毛松田
に社名改称。
1984年 3月(昭和59年)
東京工場の組立部門を分離独立、
(株)松栄
を設立。
1986年 2月(昭和61年)
(株)松栄
に、射出成形設備を導入し操業を開始。
1986年 4月
先代社長松田亘弘、黄綬褒章を受賞。
1989年 4月(平成元年)
キャノン(株)との合弁により、米国バージニア州にSouthTech.Inc.を設立。
1990年 1月(平成 2年)
タイ国に
THAI TECH MATSUDA Co.,Ltd.
を設立。
1990年10月
東京労働基準局長より「災害防止、安全対策優良事業場」として表彰される。
1991年 4月(平成 3年)
先代逝去により現社長松田勝現職就任。
1992年10月(平成 4年)
労働大臣より「勤労統計調査指定協力事業所」として表彰される。
1993年 7月(平成 5年)
宮城県蔵王町に金型製造専門工場として、
(株)エムテック
を設立。
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